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So Story

『So Story』が目指すのは、現代の生活者のライフスタイルや故人を想う気持ち、供養に対する考え方にあった「自由な祈りの空間」を、見える化(言語化)すること。「人を想うとは」「自分にとっての祈りの空間とは」。
さまざまな分野で活動する「わたしたち」の声を積み重ねたその先に、きっと新しい景色が待っている――。

それはぜんぜん当たり前じゃない。

それはぜんぜん当たり前じゃない。

それはぜんぜん当たり前じゃない。
Vol.88

それはぜんぜん当たり前じゃない。

自分のことは自分でする 戦後、東京で生まれて、下町で育ちました。両親は商売を何度か変えましたが、最後は「山水楼(さんすいろう)」という中華そば屋を営んでいました。…

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人生のバトン
Vol.87

人生のバトン

京都生まれの京都育ち。父親が社会人野球をやっていた影響で、ぼくも2、3歳から野球をはじめて、大学まで続けました。父の子だから自分も野球に向いていると思っていたし、好きだったから……

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ぼくは常に伴走者
Vol.86

ぼくは常に伴走者

外務省を離れてから1年、この塾をはじめて10か月経ちました。毎日楽しいし、とても充実しています。外務省時代は、アフガニスタン、イラク、イスラエル、パレスチナ、エジプト、アメリカ……

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いつか、いい日が来ることを願って、ねばり強く
Vol.85

いつか、いい日が来ることを願って、ねばり強く

研究室の親分 学生時代に物理学の研究に興味を持ち、大学院へ進みました。所属先は小柴昌俊研究室です。当時、特定の研究がしたいという気持ちなどはなく、また、小柴先生に憧れて、というわけでもありませんでした。...

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だれかを想うことは、自分を想うこと。
Vol.84

だれかを想うことは、自分を想うこと。

生きているあいだは いま大津に住んでいます。琵琶湖があって、自然が豊かで、フィンランドによく似ています。人が少ないところも同じです。フィンランドは、男女平等が進んでいて、若い女性が子育てしながら総理大臣になれるような国。そういうところはすごくいいし、わたしも好きです。それなのに、なぜ日本に?...

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時代も場所も飛び越えて、心通じる人がいる。
Vol.83

時代も場所も飛び越えて、心通じる人がいる。

もののあはれを知る 歴史や文化は言葉で受け継がれてきました。私は日本語が大好きで、本当に美しいなと思うのです。特に、小林秀雄や加藤典洋の文章、西行の歌に触れると共感できることが多くて、…

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ものの見方~抑圧された側の視点~
Vol.82

ものの見方~抑圧された側の視点~

メルヘンチックな誤解 シューベルトの作品に『美しき水車小屋の娘』というタイトルで有名な歌曲があります。今年、わたしが出した本ではあえて、『水車屋の美しい娘』としました。というのも、従来のタイトルからはメルヘンチックな「美しい水車小屋」をイメージする人が多いのではないか、と思ったからです。…

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森本さんのように
Vol.81

森本さんのように

ひとりの熱意がまわりを動かす 1982年、直径45メートルの電波望遠鏡を持つ「野辺山宇宙電波観測所」が完成しました。日本の観測天文学を世界トップレベルにまで押し上げる業績です。…

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自分が自分である理由
Vol.80

自分が自分である理由

命の時間 ぼくのアトリエは、絵描きのアトリエというより書庫。数千、数万と本があるから、絵を描くスペースはない(笑)。絵で食べてはいるけど、ぼくは、思索する人。...

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自分の気持ちに嘘をつけない場所
Vol.79

自分の気持ちに嘘をつけない場所

どうもない、どうもない。 中学生のときに母が家を出ていき、続けて父も家を離れてしまいました。両親ともに悩んだ末のことだと思いますが、それからずっと父方の祖母とのふたり暮らし。...

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言葉や思いはわたしの中でいきいきと生き続ける
Vol.78

言葉や思いはわたしの中でいきいきと生き続ける

こんな天気のいい日に わたしの人生で大きなターニングポイントになったのは、作家の水上勉先生との出会いです。先生から竹紙のことを教えてもらうまでは、竹から紙ができることさえ知らなかった。ある日の朝6時半ころに電話が鳴って、...

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バトンをつなぐ
Vol.77

バトンをつなぐ

ブランドの服を買いなさい 大西常商店は曾祖父が大正2年に創業しました。当時は元結(髪結いの和紙)の製造所として商売をしていましたが、時代の流れとともに日本髪の文化がなくなり、…

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人を大切にする、それがいちばん大事。
Vol.76

人を大切にする、それがいちばん大事。

技術と信頼と 2年半前に父を亡くしました。珪肺を患っていて、6年前に一度倒れてからは発作と治療を繰り返していました。医師からは薬が効くのも4回までが限界だからと言われていたのに、父は12回ももったんです。

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偲ぶ想いを花に託して
Vol.75

偲ぶ想いを花に託して

「フランスの花ですか?」 いま、ご縁があって仏花のお仕事をしていますが、はじまりは自宅の庭のガーデニングでした。庭で育てたお花をドライフラワーにして、それをリースにしリースにした品を偶然、百貨店のバイヤーの方が見て、うちで出してみませんかって。…

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未来を育てるはたらき方
Vol.74

未来を育てるはたらき方

ベースにあるもの 15年前に父が亡くなりました。64歳。持病もなく、あまりに突然のことで、本人が一番びっくりしているかもしれません。当時、家族の中で仕事のことがわかっていたのがわたしだけだったということもあって、会社を継ぐことにしたんです。...

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信頼の鎖でつなぎとめる
Vol.73

信頼の鎖でつなぎとめる

好きなことだけ 小さなころからベッドの下には大きな画用紙が100枚くらい、いつも置いてありました。絵を描いてもちぎっても、何に使ってもいいからと、母が用意してくれていたものです。小学生のとき…

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偶然とつながりと、長く大切につかってもらえるもの
Vol.72

偶然とつながりと、長く大切につかってもらえるもの

断れずに、そして偶然に 静岡の伊東の生まれで、実家は魚屋をしています。おじいちゃんが開業して、当時は保養所がたくさんあったから、納め先も多くて繁盛していたみたいです。いまは父と母とふたりの従業員で小さく営んでいます。…

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「大丈夫かな」
Vol.71

「大丈夫かな」

父と母 実家は農家です。兄も教員で、兼業農家。ぼくもときどき田んぼを手伝っています。父には、農家から息子ふたりを大学に通わせて教員にしたという自負があったみたい。...

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仕事があるから元気でいられる
Vol.70

仕事があるから元気でいられる

いちばん好きで、いちばん憧れた人 昭和5(1930)年に東京の下町、亀戸で生まれました。幼いころから作文や文字を書くことが好きで、将来はジャーナリストになりたいと思っていました。学校では音楽の授業がとにかく苦手で、それを知った父がとつぜんオルガンを買ってきてね。…

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想いは届く
Vol.69

想いは届く

どうしてもやりたい 生まれも育ちも千葉県です。小学生のときにテレビでラグビーの試合を観て、「こういうスポーツがしたい!」と思って。それまではサッカーをやっていて、ラグビーというスポーツ自体、知りませんでした。…

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こころの復興を見守り続けたい
Vol.68

こころの復興を見守り続けたい

因果な商売 わたしの原点は、夏目漱石の『こころ』です。中学2年生の夏休みに読んで、「人間って汚いなあ」と。思春期だから、ずいぶんと影響を受けました。...

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しっかりと立って生きるために
Vol.67

しっかりと立って生きるために

こちらも、向こうも 小学校4年生のある日、父に呼ばれ「あしたから修行へ行ってみるか?」と言われました。父の兄弟子にあたる高田好胤のもとで、住み込みで修行を積めというのです。そのころは親との関係もあまりよくない上に、5人兄弟の長男で、幼い弟たちの面倒を見なくてはならないのが億劫で、…

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自分の内面を見つめ直す時間
Vol.66

自分の内面を見つめ直す時間

ダンス教室からムスリムに 子どものころからずっとバレエをやっていたこともあって、シンガポールに来てから、友人の勧めでサルサを習い始めました。そのサルサの教室を通じて出会ったのが、いまの夫です。...

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和顔愛語
Vol.65

和顔愛語

いつも側にいてくれる 父は仕事ばかりでいつも忙しくしていましたが、休みが取れるとよく家族旅行に連れて行ってくれました。食べることが好きで、ふたりでお寿司屋さんにも行きました。お互い音楽が好きだったから、音楽の話をすることが多かったかな。...

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祈りの対象を想って、自分を律する
Vol.64

祈りの対象を想って、自分を律する

真実のひと言 わたしの師匠は白鳥健二といって、フランク・ロイド・ライトの孫弟子にあたります。わたしは建築家の中でフランク・ロイド・ライトがいちばん好きでしたので、白鳥さんのところに弟子入りしたんです。弟子入りしてすぐに白鳥さんに、...

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