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So Story

『So Story』が目指すのは、現代の生活者のライフスタイルや故人を想う気持ち、供養に対する考え方にあった「自由な祈りの空間」を、見える化(言語化)すること。「人を想うとは」「自分にとっての祈りの空間とは」。
さまざまな分野で活動する「わたしたち」の声を積み重ねたその先に、きっと新しい景色が待っている――。

届いてほしいと願いながら

届いてほしいと願いながら

届いてほしいと願いながら
Vol.113

届いてほしいと願いながら

小さなころから料理は身近なものでした。両親が離婚したあと父方の祖父母と一緒に暮らしていたので、おばあちゃんと家の畑で採れた野菜で調理したり、むかしながらの古い道具を使ってハブ草茶をつくったり。

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人は記憶の中に生きるもの
Vol.112

人は記憶の中に生きるもの

もともとは、漢代の災異思想*を専門にしていました。『論語』はあまりにもポピュラーすぎて、研究する人も少なく、わたしもずっと見向きもしませんでした。でもあるとき、『論語』におもしろい解説書が存在することを知りました。

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目の前にいる人をだいじに
Vol.111

目の前にいる人をだいじに

父は日本画、母は染織を専門にしていたので、わたしも小さいころから絵を描く環境にありました。でも、絵を描くことが苦しくて、悔しい時期が長かったです。幼稚園に通いはじめて、それまでは好きなように、いつまでも描いていられたのに、急に「時間制限」ができた。

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人も馬もいたわりたい。
Vol.110

人も馬もいたわりたい。

うちは代々の農家で、わたしは6代目です。農業高校を卒業してすぐに家の仕事を始めました。子どものときに両親といっしょに馬車に乗って畑まで行ったという、かすかな記憶があります。あのころはまだ馬がいないと農作業できない時代でした。そのうち機械化が進んで、

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なにかに愛されている感覚
Vol.109

なにかに愛されている感覚

福島県白河市の生まれです。子どものころからずっと宝塚を目指していました。2度受験したところで、「誰かが、右向け、右、と言ったら、それに従う世界」は自分には合わないと気づきました(笑)。もっと広い世界にでて、

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人なくして我なし
Vol.108

人なくして我なし

釜石は人種の“るつぼ”でね。“東北のニューヨーク”って言われるんですよ(笑)。製鉄所ができて全国から人が集まって、地元の人たちも働くでしょ。東北各地で言葉が違うばかりか、釜石市内でも東西南北で言葉は違います。言葉が違うということは、命に関わる。

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すばらしい人に出会うこと「も」ある。
Vol.107

すばらしい人に出会うこと「も」ある。

生まれは山梨の甲府ですが、空襲から逃れるため家族で北海道の旭川へ疎開しました。終戦後は高校まで旭川で過ごし、映画を学ぶために日本大学芸術学部に入学しました。兄と弟がいましてね、兄は演出家として、弟はグラフィックデザイナー・版画家として、わたしは映画の道へ、それぞれ進んでいきました。

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この街が好きだから
Vol.106

この街が好きだから

子どものころのぼくにとって、自由が丘といえば、両親の買いものに連れていかれて、さいごにおもちゃ屋さんや本屋さんに寄るのが唯一の楽しみ、というくらいの街でした。

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人を嫌いにならなかった。
Vol.105

人を嫌いにならなかった。

家族仲のいい家庭でのびのび育ちました。父方の家が敬虔なキリスト教徒だったこともあり、我が家はわたしが生まれたときからキリスト教の家庭でした。毎年の誕生日にメッセージカードをもらうのですが、必ず聖書の言葉が書かれていました。

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考えろ、やってみろ。
Vol.104

考えろ、やってみろ。

英語教員を志したのは、これまでに出会った先生たちの影響です。中学校の増子平八郎先生もそのひとりでした。社会科の筆記試験で、教科のテストに加えて口頭試験を行うような先生でした。「好きな政治家の名前を言ってみろ、その理由は?」とか、授業内容に関したいろいろな質問をするのです。昼休みになると新聞からおもしろそうな記事を選んでは、

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そばにいても、会えなくても、対話。
Vol.103

そばにいても、会えなくても、対話。

興味がわくと深掘りしたくなる性格です。自分が知らないこと、よくわからないと思うものほど学びたくなる。哲学の本が好きなのは、一見何が書いてあるかわからないから。大学生のときに初めてハンナ・アーレントの『人間の条件』を読んだのですが、さっぱりわからなくて10ページで

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つながりと旅と
Vol.102

つながりと旅と

想いをつなぐ メガネをかけてるのは視力矯正のためではなくて、鳥をすばやく見つけるためなんです。三宅島はバードアイランドとして有名で、シーズンにはたくさんのバードウォッチャーが来島します。日中、人とすれ違うことはあまりないけれど、自然のあるところに行くと、人に会えますよ(笑)。

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それが芸風ですから。
Vol.101

それが芸風ですから。

敗者の深みと墓碑 ちょうどバブル経済のころに経済部に配属されました。兜町で取材をはじめたのが1987年ですから、NTT株の上場などがあって、株価がどんどんどんどん上がっていく、「大活況相場」と呼ばれていた時代です。そこから後は陰りが見え始め、

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理想の関係性
Vol.100

理想の関係性

感じることが答えだ ぼくの師匠、星野文紘先達⋆からは、「頭で考えないで、ちゃちゃっと身体で考えろ」と、よくたしなめられました。大人になると他人から怒られることはほとんどありませんが、最初のころはみんなの面前で罵倒されることもしばしばあって……。

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あの人に飲んでほしい。
Vol.99

あの人に飲んでほしい。

誰でもいいわけじゃない ここから見える景色、めちゃくちゃいいでしょう? いい景色には、悲しみや苦しみを癒す、すばらしい力がある。その自然の力を、ワインに込めたいのです。 ワイナリーをはじめたのは、

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人間が失うことのない、なにか
Vol.98

人間が失うことのない、なにか

対象と空間、その先を想う 力のない言葉は消費されると考えています。たとえば、流行語は翌年には使えない言葉になっていることが多いですね。これは言葉に力がないからです。ところが、「おもう」は商業的に消費されたとしても古びません。

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諦めないために、諦める。
Vol.97

諦めないために、諦める。

植物に合わせて生きる 「人の都合で働くな、植物の都合で働け」。花の師匠だった父から最初に言われたことです。植物に合わせるということは、人間らしい生活ではなくなります。子どもの運動会の準備をしなくちゃいけなくても、植物のことをやってからやれ、と。

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あなたはふつうだからいいのよ。
Vol.96

あなたはふつうだからいいのよ。

はじめての舞台とアドリブ 子どものころは祖父母と両親と弟妹の7人暮らし。父は公務員で母は大学の事務職員という、いわゆる、ふつうの家庭で育ちました。演劇の道に進むきっかけは、中学生のときです。学校の行事で『夢屋』という演劇をやることになって、ぼくはジャンケンに負けた。

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他人の喜びに寄り添える人であれ
Vol.95

他人の喜びに寄り添える人であれ

いつもだれかが 祖父は京都、祖母は横浜の生まれでね。結婚を認めてもらえず、駆け落ち同然に東京へ行って、それから関東大震災のあとに滋賀の大津に来ました。当時はまだ読み書きができない人も多かったそうで、祖父は家業であった刺繍と読み書き、祖母はお花を教えながら暮らしていました。そうして私の母が刺繍を受け継ぎました。

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大事な響き
Vol.94

大事な響き

遊ぶように学べ 9歳のとき、京都の東本願寺で得度(出家の儀式)を受けました。「京都旅行に行ける」「ゲームウオッチを買ってあげる」という、父からの甘い誘いに乗ってしまった。得度を受ける前に、東本願寺近辺の床屋さんで頭を丸められましてね、もちろん、お坊さんになる覚悟なんてありませんでした。お坊さんの格好をして、すごく不機嫌そうな私の写真が残っています(笑)。

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最後まできれいで、ちょっと不思議な人でした。
Vol.93

最後まできれいで、ちょっと不思議な人でした。

優等生と退学届(吉岡と小林) 小学生のころは、何も考えずに先生の言うことを聞く、いわゆる優等生でした。社会に対する疑問を持ちはじめたのは高校の同級生の吉岡宏晃と出会ってから。彼の影響で政治とか社会思想の本もいくらか読むようになった。

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言葉があなたと共にありますように
Vol.92

言葉があなたと共にありますように

9月3日 9月3日は、わたしが大村はまの授業をはじめて受けた日です。人生のなかでエポックがあるとしたら、それは53年前のあの日だろうと思います。大村はまに出会うまでは、教科のなかで国語がいちばん嫌いだった。ここの行間にこんな感情が滲み出ているので……、とか言われると、そんなのどこに書いてあるのだろう?

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コーヒーを入れるとき、食事をするとき。
Vol.91

コーヒーを入れるとき、食事をするとき。

ひとりで決断した特別な日 父はわたしが大学4年生のときに亡くなりました。クリケットやフットボールが大好きで、高校の体育の教師をしていました。体が大きくて、髭を伸ばして、赤い服が好きだったから、クリスマスになると子どもからサンタだ!

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接着剤
Vol.90

接着剤

人間を演じる 人の気持ちを想像してしまうんです、どうしても。ちょっとでも気になった人のことを想像せずにはいられない。小さいころからの癖ですね。でも、競技者にとって、この癖は大きなデメリットになりかねない。

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自分の人生の主人公になりなさい。
Vol.89

自分の人生の主人公になりなさい。

憧れと想像と撮影 福島県福島市で生まれました。子どもの頃から映画が好きで、映画の世界に憧れていました。小学生の頃は面白いことが大事だったので、なんでも試してみたくて、廃墟の団地の窓に石をぶつけて一枚ずつ割ってみたり、悪さばかりしていました。

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