
史上最多とか、過去最高とか、たしかに数字をならべてみれば、選手たちは過去の記録を着実に更新してゆく。更新されない記録などなく、いつの時代も人類は進歩しているのだ、と。だが、こらえて立ち止まれ。昨日が明日に届かないからといって、明日が昨日よりも輝いているとは限らず、過去が未来を追い越せないからといって、未来が過去よりも温かいとは限らない。天を突く大木もいつか葉を落とし、やがて朽ち果てる。肉体は...
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夏の夕暮れが好きだった。日が傾いて、風が出てきたころ、読みかけの本を手に六畳間に寝転ぶと、開け放った窓の網戸の向こうから近所のひとの声や車の音や犬の鳴き声が聞くともなしに聞こえてくる。しだいにわたしの心は浮き上がって、ただひとり、この世から離れて、静かに漂いはじめる――。昼と夜の境目、現実と幽玄の狭間、どちらともつかないクロスオーバー、そのわずかな時間がわたしの居場所だった。
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どこかの公園の大きな池。わたしは池の真ん中で、ボートの底に寝そべり、空を見上げている。ボートの底に穴があいているのか、だんだんと水が入ってきて、そのうちに顔だけが水面に出ている状態になる。が、とくに困った様子もなく、助けを求めるわけでもなく、わたしは池に浮かんだまま、周りのボートに乗っている人たちの会話や、池のほとりに座っている人たちの会話を聞いている。のどかな春の午後。
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冬と春のちょうどの境目がどこにあるのか、目を凝らして探してみたら、冬至に行き当たった。ここまでが冬ですよ、ここからが春ですよ、と。生きることも、死ぬことも、出会いも別れも、そんなふうにわかりやすく示されていたら、
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不知、生まれ死ぬる人、いづかたより来りて、いづかたへか去る。 ――『方丈記』 わたしがちょうど三十歳になる年の冬に父が亡くなった。すでに母とは離婚していたことや、わたしが父の最期を看取ったことや、長男だったことや、いつでも連絡を取りやすい親族だったことや、そういうさまざまな都合が重なって、父が暮らしていた公営住宅の後始末をすることになった。ひとり住まいには不釣り合いなほど広びろとした...
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「人は二度死ぬ」、と永六輔が言ったのは、永さんがお寺の子だったからということもあるだろうけれど、やはり一抹のさみしさからのことだったろう。一度目は肉体的な死、二度目は人々の記憶から消えたとき。...
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