
祈りの対象を想って、自分を律する
真実のひと言
わたしの師匠は白鳥健二といって、フランク・ロイド・ライトの孫弟子にあたります。わたしは建築家の中でフランク・ロイド・ライトがいちばん好きでしたので、白鳥さんのところに弟子入りしたんです。弟子入りしてすぐに白鳥さんに、「独立するきっかけは何だったのですか?」と聞きました。やっぱり不安じゃないですか。白鳥さんのもとで毎日図面を引いたり、模型をつくっていても、それは自分の作品ではないし、自分の作品がなければ、独立しても仕事が来ないんじゃないか……。だから、いちばん初めに聞きました。
そうしたら「佐藤君、いまなら独立しても平気だと思うときが来るんだよ」って。うまくごまかされたなって思いましたよ(笑)。でも、そのとおりでした。ほんとうにそう思ったんです、あ、独立できるなと。そうした時期がくるんですね。あのとき、ごまかされたと思った言葉が真実のひと言だった。いまでは学生にも同じ言葉を伝えています。「いつかそうなるから、努力を続けなさい」と。
新しいということ
わたしの家にあるものはもともとゴミだったものばっかり。壁に使っている足場板は、もともとある家のデッキに使われていました。お客さんが、もうボロボロになったから新しくする、と言うので、もらってきました(笑)。こういう十何年も使われてきて、経年変化した木材はいまからつくろうとしてもつくれない。かえって貴重な素材ですよ。視点をちょっと変えるだけで価値がずいぶん変わってくる。わたしたちがまだ気づいてない豊かさは、いろんなところにあると思います。
建築家にとって唯一大事なのは「新しい」ということです。これまでにない価値観を盛り込んで設計する。それが「建物」ではなく「建築」と呼ばれるのです。じゃあ、新しい価値観とは何か。ひとつは材料の新しい使い方です。この材料がこんなふうに使えるんだ! というのはひとつの発見だと思います。わたし自身はいつもそのことを考えてきました。
祈りのための空間よりも
ひとは空間があるから祈るのではありません。わたしたちはもともと自分の中に祈る対象を持っています。まず空間があって、そこへ行けば、なにか自然と祈りたくなる、というのは違う。たとえば、キリスト教の大聖堂には、建物の前にはひとが集まれるような広い空間があって、少し進むと入り口があり、その扉を開けると急に真っ暗闇な空間がある。そこは外の喧騒を一切受け付けず、シーンとしていて、光が上のほうからステンドグラスを通して降りてくる。人間の視点を上に向けさせることを誘発する仕掛けです。おのずと天に導かれるような、神様を感じるような設えで構成されている。祈りの空間というのは、すべてを切り捨てたあとに出来上がるものではなく、すべて計算されて、操作された空間です。
先月、母が亡くなりました。四十九日までは位牌と遺骨が家にあって、それとは別に遺影もあります。写真の母はニコニコしていて、今日も一日ちゃんとしなきゃいけないなって思うんですよ。写真一枚あれば、母との記憶が掘り起こされて、自分を振り返ることができるんだ、と実感しました。あえて空間をつくらなくても、祈りの対象を想って、自分を律する精神を日本人はもともと持っているのです。
1960年、東京生まれ。逗子海岸育ち。佐藤浩平建築設計事務所主宰。84年、日本大学理工学部卒業。91年、白鳥健二のアトリエCOSMOS勤務。95年、佐藤浩平建築設計事務所設立。2001年~19年、日本大学理工学部生産工学部非常勤講師。趣味は音楽鑑賞(クラシック)とスケートボード(自作)。


