Sotto

Vol.98

デザインディレクター

長谷部 匡さん

人間が失うことのない、なにか

対象と空間、その先を想う

 

力のない言葉は消費されると考えています。たとえば、流行語は翌年には使えない言葉になっていることが多いですね。これは言葉に力がないからです。ところが、「おもう」は商業的に消費されたとしても古びません。それは古代から使われている言葉だからです。平安時代では、目に見えない向こう側の人のことを想い、和歌を詠む。「おもう」に当てはめられる漢字だけで数十はあったそうで、ほとんど想像を中心とした文化です。このように古代から現代まで、人を想うことにはやり廃りはありません。

人が祈りを捧げるとき、なにか対象を必要とするならば、そのひとつに仏壇があるとおもいます。しかし、あくまでも仏壇は〈対象〉であり、わたしたちはその〈向こう側〉にいる祖先に祈るのです。近年、仏壇を処分する家庭が増加し、祈る機会が減少しています。祖先を祈るという行為はなくならないと思いますが、なにかしらの対象、祈りの空間は必要とされるかもしれません。なにか目に見える対象を通して、その先を想う。わたし自身、祈りの空間をつくることは昔からの願いでもありました。

 

沖縄に御嶽(うたき)という聖地があります。以前、御嶽のひとつを訪れたとき、民間霊媒師(シャーマン)であるユタに出会ったことがありました。その人は全身を白い着物でおおい、後光が差しているようで、幸福感に満ちた表情をしていました。なんだか異様な空間でしたね。御嶽のような聖地は、だれかによって「聖地」だと決められたものではないとおもいます。古来より脈々と受け継がれ、名もない人々によって受け入れられてきた空間であり、人間の動物的な深い感覚で選ばれてきた空間だったのではないでしょうか。このような空間を、はたして人工的に作れるものなのか。いつも考えてしまいます。

 

御嶽の最深部から神の島・久高島を望む(2009年、斎場御嶽/本人撮影)

 

美しさ、祈り

日本には西洋哲学のような思想が少ない代わりに、美意識がその役割を担っていると言われます。つまり、美しいかどうかで価値を決めているわけです。たとえば、茶道などの形式をもった芸能では、一見無駄に見える動きが多いですが、その動きの一つひとつが伝えるべき意味を持ち、さらに美しいかどうかに基準があったのではないかとおもいます。そのため、現代でもその動き、所作の美意識は失われずに残っています。

同様に、手を合わせるなどの所作にも美しさが潜んでいるとおもいます。美しさというのは、人の心になにか訴えかける力があるのもしれません。そういうこともあって、わたしは、海外で感謝を伝えるとき手を合わせるようにしています。どうしてか、こちらが手を合わせると相手の態度に変化があらわれ、気持ちが伝わったように感じるからです。

 

バリ島の特別な集団儀礼「サプ・レゲール」。人々は合掌した手を掲げ、祈る(2010年、バリ/本人撮影)

 

人は心を美しくしてくれるということに、願望を抱いていると思います。噓偽りのない心を持つ人は、やはり心も体もきれいで美しい。神道なら「浄明正直」、仏教だと仏さまがそれにあたるのでしょうか。美しさに対して一途に憧れ、祈りを続ける。このような「心」の美しさを求めることが、祈りの対象としての、自然の美しさや、私たちがつくりたいとおもうプロダクトデザインの美しさともつながるような気がしています。

 

「型」と「形」

ものには、「型」と「形」があります。型とは、あらかじめ用意されたもので、一方、形とは、型に血を流し込んで命を与えたもの、人の心に通じているものだとおもいます。祈りの対象なら、たとえば、名のある仏像などは心をゆさぶる力を持つ「形」を持つものと言えるでしょう。だからこそ、美しい。それはまた、プロダクトデザインには難しい面でもあるとおもいます。だから、というわけではありませんが、たとえば、陶芸家は途中まではイメージ通りにつくることはできても、完成品は焼き上がってみなければわからない。これは、最後に“自然に形を委ねる”ということ。つまり、最終的には形を自然に委ねているということです。自然の力を借りることで、はじめて形が生まれるのです。

 

メディテーションのための和室としてデザインされた祈りの空間(2018年、京都/撮影:Tomooki Kengaku)

 

人の心はどこかで人を超えた自然とつながることができます。だからこそ、美しさがある。では、量産することが前提のプロダクトデザインに、どのようにして命を吹き込めるのか。簡単そうで難しい問題です。それは祈りも同じです。そこに秘められた、人間が失うことのない、なにか――。それを永遠に探していくのでしょうね。

 

 

(聞き手・撮影=平野有希)

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