Sotto

Vol.97

ローズファーマー

後藤みどりさん

諦めないために、諦める。

植物に合わせて生きる

「人の都合で働くな、植物の都合で働け」。花の師匠だった父から最初に言われたことです。植物に合わせるということは、人間らしい生活ではなくなります。子どもの運動会の準備をしなくちゃいけなくても、植物のことをやってからやれ、と。それでわたしは、花以外のことはぜんぶ、諦めました。人を感動させたり幸せにしたりする仕事は、エネルギーが必要です。手をかければかけるだけ良くなるし、自分の望みが高くなればなるほど時間も足りない。だから、いまある環境で楽しいことを構築しようと、仕事ももっともっと楽しむことにしました。

そうやって母親が楽しく仕事をしていたから、娘たちも、これはきっと楽しい世界だと思ったのでしょうね(笑)。娘たちのことはほったらかしだったのに、3人全員、この仕事を継いでいます。入ってみたらすごく大変で、はじめは涙を流しながら仕事をしていたけれど、一生懸命育てた花をお客さんに褒めてもらって、やりがいを感じているようです。

 

三姉妹は母の背中を見て、母の背中を追いかけて(2001年、山梨)

 

一番いい決断

わたしが10代か20代のころに数回、父といっしょに山に登ったことがあります。父は強度の喘息持ちなのに、山が好きで、お医者さんから薬とコルセットをもらってでも山に行くほど。母が心配するので、わたしがついていったのです。

淡々と登るのは嫌いじゃないけれど、山は厳しいですね(笑)。絶壁に行き着いて、何も知らないわたしは、「迂回路から行きたい」と父に言うと、「そんなモノあるわけないじゃないか、これを登るんだよ」。行くしかないから行くけれど、足がかりの突起に足が届かない。腕の力もない。それで、後ろから来た男の人に、「すみません、お尻押してください」ってお願いして。恥ずかしいわ、悲しいわ(笑)。命綱なんてないから、手はガタガタ、足はガクガク、汗はダーッと出てくる……、生と死を考えますよね。度胸もつきました。

同時に、潔さとか、大事な決断とはこういうものだ、というのも教わりました。頂上はすぐそこなのに、雨が降ってきたとたんに、「帰るぞ」と、父。「 え? 帰るの?」「また来ればいい」「 またこんなところまで来るんですかぁ?!」――人間は自然より弱い、ということです。

 

父・小松孝一郎(右)と従兄(中)と(1980年、白馬)

 

父はサラリーマンとして働きながら、花の仕事を掛け持ちでやっていました。いまのように情報がない時代に何度も挫折しかけながら、57歳のときに脱サラ。花の仕事を本業にするという、子どものころからの夢を叶えました。何かを成し遂げる人は、諦めない気持ちの強さや情熱があるけれど、そのために諦めなくちゃいけないことがあるのもわかっている。だから、そのときに一番いい決断ができるのだと思います。

 

補い、紡ぎ、渡す

この仕事は、感覚が大事。人によっては向いていないこともある。ちょっと冷たいけれど、その場合は割り切って、いくら花が好きでも職業にするのは無理ですよ、と伝えます。むかしは、真に人を育てようと思ったら、けっして放り出さなかった。甘やかさないから厳しいけれど、そこには人情がありました。わたしはそんな先人たちを見てきたからこそ、次の人たちには、よりやりがいの持てる道を示してあげたい。

 

ロザヴェールオープンの日に(2015年、中巨摩郡昭和町)

 

50歳くらいになって、これまでの人との出会いやその人からかけられた言葉の意味が、自分のなかで整頓された気がします。ちょうど中間の年代かな。若い人たちに、自分がやってきたことを伝えていくことで、自分が生きた証を残したい。でも、自分だけじゃ足りないから、過去の人から受けとったもので補って、紡いで、渡していく。いずれ若い人たちもここまできて、同じことが繰り返される。だからこそ、わたしは、いまを大切に生きたいと思うのです。

 

(聞き手=夏目真紀子、撮影=平野有希)

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