Vol.85

科学者

梶田隆章さん

いつか、いい日が来ることを願って、ねばり強く

研究室の親分

学生時代に物理学の研究に興味を持ち、大学院へ進みました。所属先は小柴昌俊研究室です。当時、特定の研究がしたいという気持ちなどはなく、また、小柴先生に憧れて、というわけでもありませんでした。募集要項をながめて、「この分野がおもしろそうだなあ」と。その程度の理由で選んだ小柴研究室でしたが、そこで出会ったふたりの先生は、その後のわたしの研究者としての人生を語るうえで欠かすことのできない存在になりました――。

 

カミオカンデ建設時。中央が小柴先生、左端に戸塚先生、梶田さんは後列左から3人目(1983年、神岡町)

 

小柴先生は、細かいことをとやかく言うタイプではありません。科学に対する向き合い方は、もちろん科学以外のことについても、言葉ではなく、先生の姿勢や態度で教え込まれたように感じます。特に、自分が思ったことをやり遂げる大切さ、ですね。先生の強い気持ちと、その性格もあって、研究室ではまさに親分(笑)。わたしたち大学院生は、小柴先生が言ったことに対して、「それはちがいます」なんてとても言えない、そんな迫力がありました。

1983年にカミオカンデの建設が途中まで進んでいたときのことです。小柴先生はうずうずして、早く実験をしたいがために、すぐにカミオカンデに水を入れるように指示を出しました。しかし、いったん水を入れてしまうと、実験装置に不備があった場合に取り返しがつかないことになる。現場責任者の先生は、いちどテストをしてから水を入れたほうがいいと主張しました。小柴先生と現場責任者の先生の意見が対立しているその傍で、わたしたちは何も口を出すことができず、ただふたりの激論を聞いているだけ……。結局、テストをすることになって、実験装置に不備が見つかりました。現場責任者の先生の意見が正しかったのです(笑)。

 

戸塚先生のリーダーシップ

小柴研究室は、小柴先生が親分のようにドンと座っていて、つぎに助教授の先生方と助手、そしてわたしたち大学院生がいます。その助教授のひとりが戸塚洋二先生でした。

小柴先生の定年退職後、戸塚先生がカミオカンデの研究を引き継ぐことになったのですが、いまになって考えると、戸塚先生自身は、自分のことを小柴先生のようなリーダータイプではないと考えていたような気がします。ともかく、戸塚先生はカミオカンデの研究リーダーを任されてとても大変そうでしたが、いちばん大事なときにすばらしいリーダーシップを発揮してくれました。

2001年、カミオカンデの後継となるスーパーカミオカンデに、実験装置の半分以上が壊れるという大事故が起きてしまいました。すべての実験が中止となり、研究者たちはみんな落胆していました。そんな中、戸塚先生は「これからどうしていきたいか」と、研究者一人ひとりに話を聞いて回ったのです。その結果、多くの研究者らが実験を続けたいと思っていることがわかりました。戸塚先生は、そのことを世界へ向けて発信し、実験を続ける方向へと舵を取ってくれました。それからわずか10か月ほどでスーパーカミオカンデは一部の観測を再開するのですが、戸塚先生のリーダーシップがなければ成し遂げられなかったと思います。

 

ニュートリノ振動の発見を発表した国際会議「Neutrino98」にて、戸塚先生と(1998年、高山市)

 

研究の卵を2、3個

小柴先生はわたしたちに、「つねに研究の卵を2、3個持っていなさい」とよく話してくれました。そして、自分がやりたいと思う研究がいつならできるのか、できそうか、周りを見ながらタイミングを見定める必要がある、とも。これはとても大切なことです。科学者は、自分がほんとうにやりたい研究を持っていなければなりません。そうでなければ、ただの研究労働者になってしまいます。科学者は決して研究労働者であってはならない。

日本において、若い世代の研究者たちはきびしい環境に置かれています。研究室を出ても安定した職がない。そんな仕組みのなかで、まさに研究労働者として働かされています。それでも我慢して、自らの研究に興味を失わないで、いつか、いい日が来ることを願って、ねばり強く取り組んでいてほしいです。

 

スーパーカミオカンデの天井部を仕上げる作業中。笑顔の一枚(1996年、神岡町)

 

現在、わたし自身はニュートリノの研究に区切りをつけ、重力波の研究に取り組んでいます。若い世代の研究者たちが取り組んでいる最先端の高度な技術を理解するのは簡単ではありませんが、その仲間に入れてもらって、研究の第一線に立つことができている。科学者としてうれしいことですね。わたしたちの仕事は、いろいろな人から、いろいろなことを教えてもらった、そのうえに成り立っている。そういう意味でも、人と人との関係はほんとうに大切だと思います。

 

(聞き手=岡部悟志、撮影=平野有希、写真提供:東京大学宇宙線研究所)

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