Sotto

Vol.19

シェフ

原川慎一郎さん

ひと・もの・とち

おばあちゃんの暮らし方、生き方

何かをしているときに、ふと思い出す人はたくさんいます。料理するときの仕草ひとつとっても、あの人はこんなときにこういうふうに動いていたな、とか。その人のすてきな部分や魅力を感じる部分。それを意識して真似したり、気づくとおなじようにしていたり。だから自分は、いままでお世話になった方たちの蓄積なんだなと思います。

とくに大きな影響を受けたのは、母方のおばあちゃん。もともと原宿の竹下通りにあった自宅に住んでいて、おしゃれで、センスのいい人でした。静岡の三島に嫁いでからは、畑仕事をしたり、得意な料理を近所の主婦に教えたり。庭には野菜のほかに夏みかんや八朔の果樹も植えられていて、庭にある焼却炉で残りものを燃やして、それを堆肥にして。おばあちゃんはいつも忙しそうでした。でも、楽しんでいた。自分が幼いころは近くに住んでいたので、そんなおばあちゃんの暮らし方や生き方をいつも見ていた。最近、自分が歳をとったからか、よく思い出します。「やるなら本気で、かっこいいものを」、というおばあちゃんの生きる姿勢が、いまの自分の軸になっているかもしれないですね。

 

原川さんが雲仙にオープンした「BEARD」

 

この土地とつながりたい

昨年末、長崎の雲仙に引っ越してきました。お店をオープンしてまだ2か月ほど。契約している農家さんから届く素材がほんとうにいいものなので、なるべく手を加えないように努めてきました。でも、もう少し自分のフィルターを通すことで何かできないかなと思いはじめたんです。ここにきたのは、この土地とつながりたいという気持ちがあったから。自分から出かけていって、地元の人に郷土料理を教えてもらうことにしました。すると、そこでの暮らし方がおばあちゃんと似ている。

自分が目指しているのは、人の暮らしに寄り添った料理。人も自然も、コミュニケーションをだいじにして、人とのつながりを大切にしたい。無意識にそういう人のところにむかっているのでしょうね。

とはいえ、旅が好きで、ひとつの土地に根ざした生活をしたことがないから、このまま落ちつくかどうか(笑)。旅したい自分もいるし、こことつながりたい自分もいるし、どうなっていくのか。まだわかりません。

 

おばあちゃんが使っていた銅のミルクパン

 

空間やものを通して、想う

カナダのモントリオールに住んでいたころ、だれかの家に集まるときは、その家の人が自分の国の料理をふるまうということをやっていました。招かれるのも楽しかったけど、招くのも楽しかった。みんなが来るまでにあれこれ準備したり、気の利いたしかけをするのが好きで。お寿司が食べたいって言われればつくりましたよ。

お店づくりでも、居心地のよさはだいじにしています。だれかの家に招かれているような空間にしたい。“おもてなし”にはいろいろな準備が必要ですが、その過程が好きなのだと思います。やっぱり、おばあちゃんの姿が重なりますね。よく家に近所の人たちを招いていたなって。

料理の道で生きていくと決めたときにはおばあちゃんは亡くなっていたけれど、おばあちゃんが使っていた鍋や料理本は、自分がもらいました。使ったほうがいいのはわかっていますが、なんだか使えない。「ものをだいじに」とおばあちゃんから刷り込まれたせいかな(笑)。その人が使っていたものを通して、その人のことを感じたり想ったりする。そこに想いがあるからこそ、だいじに、そばに置いておきたいと思っています。

 

(聞き手=夏目真紀子、撮影=平野有希)

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