Sotto

想雲夜話

第14夜

貝がらの手

 

昔、貝がらに耳をあてると、波の音が聞こえるという話があって、海にいくといつも浜辺で大きくてきれいな、渦巻きの貝がらを探してひろった。

 

「耳をあててごらん。聞こえてくるから」

 

出口というのか入口というのか、貝がらのラッパのところに耳を押しあてて、じっと集中していると、サァーとかザァーとか、波のうち寄せるリズムのような音が、ぐるぐるの奥のほうからやって来た。プールでもお風呂でも、耳をふさいで潜ったときに聞こえてくる音は、からだのなかを血が流れている音で、貝がらの奥からやって来る音もそれと同じことだと言われたけれど、でも、それは波の音だった。

もっとも、海に向かって開け放たれた窓から波の音が風に乗って部屋の中に入ってきて、そのままぐるぐると、いつまでもわたしの体を包んでいたから、貝がらの奥のほうから聞こえてきた音も、もしかしたら、もう片方の耳で聞いていた波の音だったのかもしれない。それで、家に帰ってきて、波の音が聞こえないところでもういちど耳を押しあててみたら、やっぱり波の音が鳴っていた。貝がらはぐるぐるの奥に波の音をため込んでいた。

 

声が聞きたい――。耳をあてたら大切な人の声が聞こえる、そんな貝がらがあったら、どんなにいいだろう。じっと耳をすますと、ぐるぐるの奥のほうから、いつもの声がやって来る。こっちの声は聞こえるかな、聞こえないかな。そんな貝がらがあったら、きっといつも手のひらに乗せて、いつでも持ち歩いて、話しかけて、耳を押しあてて、にぎりしめるにきまってる。それに、そうだ。貝がらが波の音をため込んでいるように、わたしだって大切な人の声をからだの奥にしっかりため込んでいるにちがいない。それで、手のひらを貝がらのように合わせて、その手を耳に押しあててみた。何度も何度も、押しあてた。奥のほうから波の音がやって来た。

 

🖊 平野有希

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