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【連載】祈りと植物のものがたり Vol.2 日本の祈りと植物:榊(さかき)と樒(しきみ)、菊と桜の物語

前回の記事では、なぜ人は普遍的に、祈りの場に花を添えるのか、その根源的な意味を探りました。今回は、私たちの国、日本に焦点を当てます。

最終更新日
2025-10-29

日本には、神道と仏教という二つの大きな精神的な流れが、ときに混ざり合い人々の暮らしの中に深く根付いています。そして、その祈りの場には、必ず象徴となる植物の存在がありました。神棚に供える「榊」。お墓や仏壇に供える「樒」。そして、供養の花として馴染み深い「菊」や、日本人の心を映す「桜」。

それぞれの植物が持つ物語を知ることは、神道と仏教をより深く知ることに繋がるはずです。

 

榊(さかき)

神棚や神社の儀式で供えられる、青々とした葉をつけた枝が「榊(さかき)」です。榊は、神道において重要で、神聖な植物とされています。

その理由は、名前に込められた意味と、植物としての性質にあります。
「榊」という漢字は、「木」へんに「神」と書くことからも分かる通り、「神の木」を意味します。また、神様が鎮座する神域と、私たちの暮らす俗世との「境(さかい)」を示す木、「境木(さかいき)」がその語源とも言われます。

そして、榊が一年を通して緑の葉を茂らせる常緑樹であることも、重要な意味を持ちます。冬でも枯れないその姿は、変わることのない生命力のシンボルとなります。古代の人々は、榊の葉に神様の持つ若々しい生命力(常若 – とこわか)を感じ、神様が降臨するための依り代(よりしろ)として神聖視したのです。日本最古の書物『古事記』にも、天照大御神が天岩戸にお隠れになった際、神々が榊に玉や鏡をかけて祈りを捧げたという記述が残っています。

神棚に榊を供えることは、その場を清め、神様をお迎えするための神聖な結界を張る、という意味を持っているのです。

樒(しきみ)

神道が「榊」なら、仏教の世界で古くから故人に寄り添ってきたのが「樒(しきみ)」です。今でこそ仏花といえば菊が一般的ですが、仏教伝来の後、しばらくは樒は菊に代わるような存在の植物でした。

樒がそれほどまでに大切にされたのには、二つの大きな役割がありました。 一つは、その独特で清らかな「香り」です。仏教を日本に伝えた鑑真和上が持ち込んだとも言われる樒は、お香の原料にもなるほど清浄な香りを放ちます。その香りが邪気を払い、場を清めるとされ、弘法大師空海も重用したと言われています。

そしてもう一つが、「毒」を持つためです。毒劇物法で唯一、植物として劇物に指定され、「悪しき実」が語源との説があるほど、樒の果実には強い毒があります。土葬が主流だった時代、この毒を持つ樒を墓所の周りに植えたり、棺に入れたりすることで、大切なご遺体を動物から守っていたのです。

 

文化と美意識に根差す「菊」と「桜」

榊や樒が、宗教儀礼と強く結びついた植物であるのに対し、より私たちの文化や美意識に根差し、祈りの形に影響を与えてきたのが「菊」と「桜」です。

菊(きく)

供養の花として最も馴染み深い菊ですが、本来のイメージは「不老長寿」や「高貴さ」を象徴する、むしろ祝い事にふさわしい花でした。そのイメージを決定づけたのは皇室の存在です。後鳥羽上皇が自らの印として愛用したことから「菊の御紋」となり、日本を象徴する最も格式高い花としての地位を確立しました。

その菊が供養の場で広く使われるようになった理由は、その「格式高さ」に加えて、実用的な側面にあります。それは、菊が「長持ちする」という点です。大切な人へのお供えは、少しでも長く綺麗なままであってほしい、という人々の自然な願いに、菊は応えてくれました。さらに、品種改良によって一年中手に入る安定性も、仏花の主役となった大きな理由です。

桜(さくら)

桜は、直接お供えする花ではありませんが、日本人の死生観に最も大きな影響を与えた花と言えます。春に一斉に咲き誇り、満開の時を迎えると、未練なく潔く散っていく。その姿に、人々は古くから理想の生き方や死に様を重ね合わせてきました。

桜は、直接お供えする花ではありませんが、日本人の死生観に大きな影響を与えた花と言えます。春に一斉に咲き誇り、満開の時を迎えると、未練なく潔く散っていく。その姿に、人々は古くから理想の生き方や死に様を重ね合わせてきました。美しいものが移ろいゆくことへの、慈しむような少し切ない気持ち、「もののあはれ」という、この国独特の美意識を桜は象徴しています。

また、桜は古来、「神様の宿る木」でもありました。春に桜が咲くと、山から田んぼの神様(サ)が下りてきて木に宿る(座る=クラ)。「サクラ」の語源も「サのクラ(神様の座)」から来ているという説があるほどです。人々は満開の桜の下で宴会を開き、神様や、共にやってきたご先祖様の魂をもてなし、その年の豊作を祈りました。桜を見上げて大切な誰かを思うとき、それは私たちの心に深く根付いた、自然な祈りのかたちなのかもしれません。

 

神事に欠かせない「榊」。故人を守る「樒」。敬意と真心を伝える「菊」。そして、日本人の心の拠り所「桜」。

それぞれの植物が持つ物語を知ると、私たちが何気なく捧げる一輪の花や一本の枝が、より深い意味を持って見えてきます。

次回は、視点を世界に広げ、キリスト教やイスラム教など、異なる文化圏での祈りと植物の物語を訪ねていきます。

Sotto

森羅万象を尊び、神仏に手をあわせる。 故人を偲び、ご先祖を敬う。

私たち日本人が古来から大切にしてきた「祈り」の心は、時代を経ても、脈々と受け継がれてきました。 しかし、その「祈り」を捧げる場においては、家族構成や住環境が変わってきた今、少しずつ変化が求められているようです。
『Sotto』は、現代の暮らしにそっと寄り添う仏具です。 高岡銅器ならではの重厚さはそのままに、光沢感を抑えた金属の質感に自然木のぬくもりを合わせて和室にも洋室にも合うシンプルなデザインに仕上げています。 たとえば、家族が集うリビングスペースに。 あるいは、ベッドルームの傍のチェストにしつらえても。 仏壇を置くスペースがない和室にも馴染み、さりげなくインテリアの中に溶け込みます。
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