Vol.83

アートディレクター

武真理子さん

時代も場所も飛び越えて、心通じる人がいる。

言葉を通して感動が届く

日本人の心のありようを、古代の人たちもずっと書き続けてきました。本居宣長はそれを「もののあはれ」と表現したけど、いまで言うなら、「胸キュン」って感じよね(笑)。気づいたときには心が揺れている。感じている。そういうことを、日本語を駆使しながら表現し、構築してきた先人たちの賜(たまもの)をいま私たちが受けとっているのです。

最近、学生時代に買った夏目漱石の全集を読み返していて、とても感動したことがありました。言葉のあちこちに、情緒や湿度が感じとれて、ありありと情景が浮かびあがってくる――。わたしの生まれ育った小石川界隈の風景が出てきたりすると懐かしくなっちゃう。まるで絵画を見ているような感覚になりました。漱石よりもずっと後に生まれたわたしにも、ちゃんと感動が届くのです。ああ、漱石と同じこの国に生まれ育ってよかったと、心の底から思います。同じ言葉を使って、ニュアンスまでちゃんと理解できるなんて、こんな幸せなことはありません。

 

 

時代をこえて共感する

歴史や文化は言葉で受け継がれてきました。わたしは日本語が大好きで、ほんとうに美しいなあと思うのです。特に小林秀雄の文章が好きで、小林を通して魅力を知った西行の歌に、共感できることが多くてびっくりしました。わかるーって。生まれた時代は違うけれど、考えていることや感じていることは今とそんなに変わりません。

 

見るも憂しいかにかすべき我心かかる報いの罪やありける

花みればそのいはれとはなけれども心のうちぞ苦しかりける

――西行

 

小林秀雄は『西行』で、「いかにかすべき我心」が「西行が執拗に繰り返した呪文である」と書いています。生涯のテーマだったということかな。でも、わたしは「花みれば」の歌がすごく好きなのです。

中学からの親友とはいまでも仲良しでね、昔はふたりで俳句の同人誌もつくっていました。その彼女とよくいっしょに旅行に行くのですが、事前にお題となる句集か歌集を読んで、その中から気に入ったものを十句(十首)選んでおいて、宿でおたがいに発表するの。いつも3つくらいは同じ句や歌を選んでいる。それで自分が見落としていたすてきな句を発見したり、一度は選んだけど落としたものを相手が選んでいたりして、すごく楽しい。

 

句集や歌集をたずさえての旅行、たまに自分で詠んだり、ひねったり(2015年、四万温泉)

 

心に触れて、心が動く

ルイス・キャロルが、テムズ川に浮かべたボートの上で、のちに『不思議の国のアリス』のモデルになった少女アリスと交わしたこんな会話があるの(遠い昔に何かで読んだエピソードで、正確じゃないかもしれないのだけど……)。

 

アリス「幸せっていうのはどんな気持ち?」
ドジソン先生(ルイス・キャロル)「幸せな気持ちにいちばん似ているのは、悲しいときの気持ち」

 

まさにそうだな、そのとおりだな、幸せなときにしみじみと感じる、あの泣きそうな感覚のことだなあって。ほんとうは、西行もルイス・キャロルも、軟弱で弱虫で泣き虫な面があるんじゃないかな。あ、まさかそこがわたしは好きなのか?(笑)

人を想うって、善いとか悪いとかではないけど、危ないこともあると思っています。気づいたときにはだれかのことを想っている――。そういうのが自然なのかな。だれかを想う心情が、俳句や歌や本を通して自分の心に触れたとき、自分自身の心が動きます。そのときになって気づかされる自らの想いっていうのもあるのよね。だから不思議でおもしろい。

本を読んでいると、時代も場所も飛び越えて、自分の心と通じる人が必ず見つかります。だからこそ、いま孤独や寂しさを抱える若い世代には、ぜひ本をたくさん読んでほしいなと思います。

 

(聞き手=加納沙樹、撮影=平野有希)

 

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