Vol.78

ギャラリー&ショップ テラ

小林亜里さん

言葉や思いはわたしの中でいきいきと生き続ける

こんな天気のいい日に

わたしの人生で大きなターニングポイントになったのは、作家の水上勉先生との出会いです。先生から竹紙のことを教えてもらうまでは、竹から紙ができることさえ知らなかった。ある日の朝6時半ころに電話が鳴って、「こんな天気のいい日に紙を漉(す)かなくてどうします」とおっしゃる。それですぐに長野県の上田にあった先生のお宅に向かって、それから数日泊まり込んで、初めて紙漉きを体験しました。後日できあがった紙が届くと、でこぼこだったりスケスケだったり不出来だけれど、なんて美しい紙なんだろうと思って。そのうえ自分が漉いたから愛着もわく。その気持ちを先生にお手紙で伝えると、すぐにお返事がきました。「あなたが受けた感動を人に伝えるお仕事が待っていますよ」って。先生は、人をその気にさせるのがとても上手でした(笑)

竹紙づくりは、竹という植物をきるところから紙になるところまで、ものごとの一から十までを自分の手でたどっていけます。それは、とても贅沢なこと。水上先生は、「小説を書くことは〈虚業〉だけれど、ものをつくることは〈実業〉だ」と、手を動かしてものをつくることに対してすごくリスペクトしていました。だからこそ「自分で漉かなくてはダメだ」と。お店をはじめて、いろんな人がつくる紙を集めて売ろうとしたときに、自分がそのつくりかたや気持ちを知って頼むのと、まったく知らずに頼むのとでは違っただろうと思います。

早朝、先生から竹紙のつくり方をみっちり教わる(1998、上田)

 

感動を伝える場所

大学卒業後は新聞社に就職しました。自然や動物が好きで、担当の分野以外でも取材を続けていました。自分の中のテーマは、自然に生きているものと人との調和。北海道やアフリカにも行きました。転職や結婚、出産を経てフリーランスになってから、夫の実家がある京都に移り住んだのですが、京都には東京とはぜんぜん違う暮らしがあった。八百屋さんには知らない野菜があるし、魚屋さんには東京とは違う魚がいる。こんな身近なところでも自然観察ができるんだなと。同時に、京都の生活文化に関心が高まって、古い家を見つけては、いいなあ、とか、磨けばもっと光るのになあ、と思っていました。

水上先生から竹の紙のことを教えていただいたのもこのころで、自然と人を軸に、いろんなことが集結してきた。ちょうど京都の町屋がどんどん取り壊されて新しい建物になってしまっていた時期でもあって、好きな家がつぶされないように、その古い家で竹紙を扱うギャラリーを開いたのです。

ギャラリーテラ、オープンの日に(1999年、京都)

町屋でのギャラリーは10年続けました。でも、おもしろい紙だと買い求めてくれたのに、1年ほど経ってまた来られて、「けっきょく何に使ったらいいかわからなくてしまってある」とおっしゃる方がけっこういてね。せっかく買った紙なのに、使わずにしまいこんだらもったいない。これは襖や照明に使えます、こんなふうに字も書けます、と暮らしの中での使い方を紹介したいという思いから、自宅の一部をお店にして、紙を買ったり紙をどう使うか相談したりできる場所を設けることにしました。

 

わたしの仕事はなにか

いまは国内外問わず、竹紙をつくる人を訪ねる旅を続けていて、中国やラオス、ミャンマーにも行きました。そうした国々では、竹紙は儀式の紙として、お葬式や結婚式などで使われます。竹の紙をつくる文化をもつ少数民族の人たちと一緒に紙を漉いたり、儀式に参加させてもらったり。

竹紙探訪の旅、アジア各地へ( 2005年、中国)

水上先生はもう亡くなられているけれど、先生の言ったことや思っていたこと、考えていたことは、脈々と生き続けていると思います。形や肉体ではない何かが、わたしの中でいきいきと生きている。いつでもどこにいてもふとした瞬間に、そう感じることがあります。先生との思い出でいちばん強烈なのは、やっぱり朝6時半の電話かな。天気がいい日には、紙を漉かなくちゃって思うし、紙を漉くと、わたしの人生を変えた先生のあの言葉も蘇ってきます。自分はそういうことをするんだったな、とあらためて思い直すのです。

 

 

(聞き手=夏目真紀子、撮影=平野有希)

 

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