Sotto

Vol.57

こりおり舎

千々木涼子さん

大切なひとのそばにいたい

本にのせてつなぐ

函館の大きな書店で働いていたころは、箱に入って届いた本をとにかく棚に並べて、自分の思いとは関係なく、売れる本を売る毎日で、気づくと好きだった本が単なる〈商品〉になって、好きなはずの仕事が作業になっていました。いまは自分で選んだ本が届きます。出版社の○○さんが手配して送ってくれた、「ひとが見える本」です。あの作家さんがこんな思いでつくった本なのですよ、と担当編集者さんに勧めてもらった本を、わたしが引き受けて、うちのお客さまにつなぐ。本やひとに対する意識が変わったし、なにより距離が近くなりました。自分の目と手が行き届くところにみんながいる。とても心地のいい距離感です。

わたしたち夫婦の〈これから〉をつくる場所として今治にたどりついたのが、2017年。はじめの3年間は、地域おこし協力隊として活動しました。縁もゆかりもなかった土地でしたが、この間に出会ったひとたちがとてもよくしてくださって。その気持ちに応えたい。この場所にお店があることで、島のひとの暮らしにちょっと彩りが添えられる。そんな存在になりたいと思っています。

 

お店の改修作業、漆喰塗りも自分たちで(2019年)

いっしょに行こう

ちょうど10年前、当時お付き合いしていたひとを亡くしました。大学時代に知り合って、それぞれ就職して、お互いに離れて暮らしていました。ふたりとも大学を卒業してまだ2年目、23歳。ちょうど東北の大震災が起きて、このまま遠距離での生活を続けるかどうするか。ふたりで話しはじめたころでした。あのときいっしょに暮らすことをすぐに決めていたらなにか違っただろうか――。何度も何度も考えました。

若かったわたしにとって、彼は鏡のような存在でした。彼の存在が自分自身の評価の対象であり、基準でした。その彼がいなくなったとき、どう生きていいか、わからなくなってしまった。あれから10年経って、さすがにかたちは変わりましたが、それでもときどき、彼だったらいまのわたしをどう見るか、いまのわたしを見せて恥ずかしくないだろうか、と考えたり、想ったりします。

 

函館の書店で働いていたわたしに、コーヒー店をはじめたいから栃木で修行したい、と言った夫をひとりで送り出さず、いっしょに行こうと決断したのは、大切なひとのそばにいたいという思いがあったから。そのまま今治まで来てしまいました(笑)。

 

愛媛へ移住者してきた仲間とのご飯会(2017年ころ)

 

相手の幸せ、自分の幸せ

この場所は、わたしたち夫婦が心地よく暮らすために選んだ場所。でも、これまでいっしょに暮らしてきた大切なひとたちと離れていることは、気がかりでもあるんです。自然災害や体調不良のときにすぐに駆けつけられないでしょう。今治に移住してすぐのころ、両親や祖母が遊びに来てくれました。口をそろえて、いいところだね、と言うので、みんな移住してくればいいのにって。そうすれば、わたしたちのいまの暮らしを担保しつつ、大切なひとたちが近くにいる状態がつくれるのになあって。

わたしは、自分が関わったひとには幸せであってほしいといつも願っています。それと同じように、そのひともきっと、わたしが幸せであってほしいと願ってくれているはず。だから、幸せであってほしいひとのために何をするか、そのひとに対して自分がどう関わりたいかよりも、まずは自分が幸せであろうと思うんです。けっこう薄情な人間ですね(笑)。

地域おこし協力隊の活動で、移住希望者の方にインタビューをする機会があったのですが、他人の話を聞きながら、自分のことを振り返ったり、自分の中にあるものを探ったりするんです。きっと、ひとを想うのも同じ。だれかのことを想ったり、考えたりすることは、自分のことを想ったり、考えたりすることでもある。相手の幸せが自分の幸せであり、自分の幸せが相手の幸せでもある。そんなふうに、ひとの想いはつながっているのだと思います。

 

 

(聞き手=夏目真紀子、撮影=平野有希)

 

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