Sotto

Vol.33

木を植える人

池田久幸さん

自然とともに生きるサイクルをつくる

自然との調和は人に優しい

天然の塗料である漆は、古くから人間の生活を潤してきました。会津にとって漆はとても大事なもの。歴史ある会津塗りを守る活動として、黒森に漆の木を10万本植栽したのが40年くらい前のことです。直接かかわった先輩から話を伝え聞くなかで、漆をとおして、自然を継続するサイクルをつくりたいと思いました。

いま世界では国連が提唱するSDGs、持続可能な社会をめざす動きがあります。科学は人間の生活をよくするためのものだけれど、自然界においては必ずしもいい循環にならないこともわかってきた。大事なのは、自然との調和だと思うんです。人間が自然と共生すること。結果的にそれは、人に対して優しいこと、人を大切にすることにつながっていくと思います。

漆の木は10年から20年かけて成長します。その成長した木から1シーズンで樹液をすべて掻いてしまう。役目を終えた木は切り倒して、うまくいけば根元から新しい芽が出てきて、また20年かけて育って、樹液を掻いて、切り倒す。これが自然の循環です。自分がいなくなってもそのサイクルを残すことができたら、すごく幸せです。

 

漆かきの道具

 

心を豊かにすること

母は亡くなる前、ぼけてしまってなんにもわからなくなっても、食べることだけは忘れなかった。人間にとって食べることは大事なんだと実感しました。そして、その食べるものは自分でつくるのが原点だと思って、10年ほど前から畑仕事もしています。ジャガイモ、トウモロコシ、枝豆、スイカにイチゴ。自分でつくったものを食べると、すごくおいしく感じるんですよ。自分でやった結果が、満足につながる。いくら生活が豊かになっても、心が本当に豊かになるかというと、そうではありません。ものをつくって食べて、空気を吸って、何に感謝して、何に喜ぶのか。生きかたそのものが、人をつくるのだと思います。

関東の大学を卒業してすぐ会津に戻りました。自然が好きだし、会津が好き。ここで暮らして仕事することが、自分にとってはしっくりきました。漆も畑も、なりゆきでやりたいことが見つかって、それぞれがつながっていったのはすごくラッキーだった。体が動くうち、85歳くらいまでは自分の意志でやれることがあれば続けたいですね。

 

黒森の漆の木

 

時間をかけて自然と向き合う

漆の活動は、すぐに結果が出るものではありません。会社で現役だったころはまず数字。社員を背負って仕事をしているという重圧があるから、時間にも心にも余裕がありませんでした。でも今は、世界を背負っている(笑)。この活動を永続的な仕組みとして会社に残していくことへの使命感があります。それが会社の人たちのためにもなるはず。行動力の源はそこですね。

“無駄の美学”ってあると思うんです。無駄な手間をかけることが、美しくする。たとえば、1度磨いただけでも輝くけれど、3度磨いたほうがもっと輝きを増す。1度だけ塗るよりは3度塗ったほうが色艶がいい。コストがつり合わないこともあるけれど、単純に効率がよければいいのではなく、どれだけ手間をかけるかによって、ものの光りかたに違いが出てきます。長い時間をかけて自然ときちっと向き合うことが、人を健全にするし、動物的本能も研ぎ澄まされる。自然に触れたほうがいいですよ。何かものを判断するときにも影響しますから。

 

(聞き手=夏目真紀子、撮影=平野有希)

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