Sotto

Vol.23

中岡農園

山本千内さん

食べてくれる人の心に火をともす

人が生き還る瞬間

福岡で自然農の修行をしていたとき、しめ縄づくりの名人から縄のない方を教えてもらいました。足に引っ掛けてなうのですが、その姿を見ていたら、じいちゃんが縄をなっている光景を思い出した。気づいたら、子どものときにすぐそばでなんとなく見ていたじいちゃんのやり方で、自分もなっているんです。じいちゃんからは教わったわけじゃないのに、その場におったっていうことだけで伝わるものがあるんだなあと思いました。

千草が生まれて1か月半くらいから、畑で作業していました。むかしのおんぶ紐を胸の前でバッテンして、千草をおんぶして。その背負うときの動きに覚えがあるなと思ったら、ばあちゃんだった。自分は背負われている側だから、背負う側のばあちゃんの感覚は知らないはずなのに。一緒にいたときの記憶が時を経てよみがえる、その人が生き還る。そんな瞬間があると思います。

 

 

わたしを形づくるもの

最近、ボットン便所で育ったことが自分を形づくっているなと感じています(笑)。いま思えばけっこう粋なつくりでした。母屋から便所までの渡り廊下から外が見えて、池の鯉を眺めながら行くんです。昼間はいいけど、夜はちょっと怖い。自分の頭のなかにいろんなものが現れるんですね。当時はもう水洗トイレがあたりまえだったから、友だちに知られたくないという恥ずかしさもあった。想像と現実から湧き出る感情、コンプレックスも含めて、匂いとか感触とか全部がいまの自分を構成している。きっとだれしも、いいもわるいも、そういうものがありますよね。それがその人の歴史。そう考えたら受け入れられるようになりました。ルーツは大事だなと。

じいちゃんは一日一回、般若心経を唱えていました。信心深いというよりもただ唱えているだけなんだけれど、美しさがあった。地域でいろんなことをしていた人だったから、皆から慕われていました。じいちゃんが亡くなったときに、野良着のおじいちゃんが駆け込んできて、「おさむさんには本当に世話になった」と。自分も、こういう人がひとりでもおる人になりたい。じいちゃんがつくった野菜もすごくおいしかったんですよ。

 

 

野菜をつくること、お話を書くこと

お客さんには野菜といっしょにわたしが書いたお話を送っています。青梅に添えたお話には梅酒づくりのことを書きました。それを読んで、実際に梅酒をつくったというお客さんもいてくださって。お話を介して、お客さんの行動がこの畑と地続きにあると感じられて、うれしかった。

いまはインターネットで何でも調べられる時代だけど、どこにも載ってない本当のことがある。生活のなかに実感としてあるもの、純粋なもの。それがお話を書くなかで自分なりの“信仰”として表れることがあるんです。お話を書くときはいつも、人に何かしらを与えるものであるように意識しています。でも、あくまで等身大で。伝えることができるのは、自分が持っているものだけだから。

野菜づくりもおなじです。食べてくれる人の心の奥のほうの原始的な部分に触れるような、ちっちゃくてもいいからその人の心に火がともるような、そんな野菜を届けられたらいいなと思っています。

 

 

(聞き手=夏目真紀子、撮影=平野有希)

 

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