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想雲夜話

第4夜

人はどこから来て、どこへ去るのか。

 

 

不知、生まれ死ぬる人、いづかたより来りて、いづかたへか去る。

――『方丈記』

わたしがちょうど三十歳になる年の冬に父が亡くなった。すでに母とは離婚していたことや、わたしが父の最期を看取ったことや、長男だったことや、いつでも連絡を取りやすい親族だったことや、そういうさまざまな都合が重なって、父が暮らしていた公営住宅の後始末をすることになった。ひとり住まいには不釣り合いなほど広びろとした、そして、ひとり住まいには不要なほどたくさんのモノにあふれた一室で、雑然と積まれた書類の山を前にして、なにから手をつけたらいいものか呆然と座り込み、思案の末に、未開封の封筒を片端から開けることにした。

捨てるもの、取っておくもの、必要なもの、不要なもの。封を破る、中の紙を取り出す、目を通す、いる、いらない。封を破る、中の紙を取り出す、目を通す、いる、いらない。機械的に動く手と目と頭。機械は次の封を破り、中の紙を取り出す。視線の先に父の戸籍謄本が現れた。戸籍には父と母(その横に〈除籍〉の文字)、わたしを含む子どもたち、そして父の父(わたしにとっての父方の祖父)と父の母(父方の祖母)、母の父(母方の祖父)と母の母(母方の祖母)の名が記載されている。機械的に動いていたわたしの手と目と頭が停止した。見知らぬ名がふたりいる。父の父は、わたしが〈祖父だと思っていた人〉とは違う名で、母の父もはじめて目にする名だった。

父方の〈祖父だと思っていた人〉はきれいな瞳をしていて、優しかった。相撲が好きで、日曜日の夕方になると居間のテレビで千代の富士の取り組みを見るのを楽しみにしていた。ある日曜日の夕方、小学生だったわたしはテレビゲームに夢中になって、居間のテレビを独占していた。そろそろ相撲が始まるから、と言われてもなかなか止められず、いよいよ千代の富士の出番が近づいてきた。それが我慢の限界だったのだろう、急に祖父はゲーム機の電源を引き抜き、投げ捨てた。そのときわたしの太ももに当たった電源コードの感触と祖父の怒った背中がいまでも鮮やかによみがえってくる。

母の父には会ったこともないし、思い返せば、写真すら見たことがない。戦争で死んだとか、そんなような話を小学生のころに聞かされて、わたし自身もそれほど興味がなかったせいか、戦争とはそういうものかと気にすることもなかった。長い年月、その人はいない人、として過ごしてきたから、いまその名が目に入ったからといって、どんな人かわたしには想像もつかないけれど、祖母や母は、わたしの姿や性格の中に祖父の欠片(かけら)を見出していたのだろうか。

昨日まで、いや、ついさっきまで、それはあまりに当たり前のことで、たしかなもので、その存在を疑うこともない、そういう自分のアイデンティティだったはずのものが一瞬にして遠ざかり、根っこを失ったこころとからだはふわふわと空中を漂っていく。ああ、そうか。すべては思い込みに過ぎないのだ。たしかめてみたわけではない、調べてみたわけでもない。ただ、当たり前のことだと思い込んでいたことが、ほんとうはそうではなかったというだけのことだ。それだけのことだ――。

人はどこから来て、どこへ去るのか。冬の入り口に立つわたしは、いまもその言葉の意味を呑み込めずにいる。

 

🖊 平野有希

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